4 五行思想から、占いへ

2018年9月4日火曜日

東洋占術

< 五行占術の解説を始めから読む

陰陽と五行の合流

この五行思想は、前の陰陽思想と結びついて中華の思想を作りました。
天下国家の政治から、漢方薬や鍼灸などの医学に至るまで、ありとあらゆる分野でこの五行思想がベースとして使われています。

日本もこの大陸文化を受け継いでいますので、多くの分野において五行思想は浸透しています。たぶん、もとが五行思想だと知らずに使っていることも多いはずです。

今も中国人は普通にこの思想をベースとして発想しますので、覚えておけばお隣の国の国民行動について理解しやすくなると思います。
今後、ニュースを見ていてきっと役立つことになるでしょう。


陰陽五行思想から、占いへ

この思想を人間に当てはめて性格や運勢を読み解いていこうとしたものが、五行占術です。
戦国時代を経て、漢の時代(B.C.202年~)には既に五行で個人のパーソナリティや運勢を読む占術が浸透していたと考えられます。

占術の理論として体系化され始めたのは、占いが盛んとなった唐代(A.D.618年~)です。
宋の時代(A.D.960年~)にはついに『淵海子平』という、日本で言うところの『四柱推命』のもととなる推命占術書が徐子平によって完成されました。

さらに明の時代(A.D.1368年~)に著名な占いの大家、劉基によって『滴天髄』が著され、五行系の「推命占術」の理論はほぼ完成したと考えられます。
近代になると、算命学など様々な新興の陰陽五行系の占いが出現または発見されますが、学術的に正統な流れを汲む推命占術は上記の通りです。

なお、日本で言うところの『四柱推命』とは『淵海子平』の翻訳後、さらにたくさんの研究者により日本流アレンジが加えられたものです。

※安倍晴明ら陰陽師たちの用いる占いも、遣唐使が輸入した五行占術の日本流アレンジです

次のページへ >

PR