5 古代回帰のススメ

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古代回帰のススメ。五行を大切に

前頁までに書いた通り『四柱推命』など、推命系には様々な流派があります。

推命系で重視されるのは「変通星」です。
「変通星」とは、日柱天干と他の干をかけあわせて運勢を判断するものです。
ほとんどの東洋占術家は、この「変通星」を人格と見て、日主などには見向きもしない傾向にあるようです。

何故なら東洋思想においてパーソナリティは否定されるからです。
パーソナリティが否定されるので、性格判断として占いを使うのも誤りとされます。
占いは個人の性格を判断するものとしては使われず、あくまでもその人がその一生において、どれだけ損をするか得をするかという吉凶の度合いをはかる道具・運勢を変える道具として使われます。

しかし私は、古代において五行占いはもっとシンプルなものであったと考えます。
古代で五行占いは、確かに個人を表す旗印として存在していました。
そこではまだ「日主」の五行を魂と見て、その人そのものとして扱う考えがあったように思います。
私はもっとこの日主を始めとする五行中心に考えるべきと思っております。
これは古代回帰の古くさい考えなのかもしれませんが、魂という基本を見失ってしまえば人はこの世で生きる場所(立ち位置)さえ見出せなくなると思うからです。


長い余談:パーソナリティを否定することの弊害

余談。筆者の考えです。
現代の東洋占術、特に推命系の占いは西洋占星術とは違い、ある時間枠の「気」の状態を占うもののようです。この一生という時間枠で切り取った「現状」である気質の状態を判定するのが推命です。

変幻自在の「気」の現状を判定するということは、そもそも素材となる個性の分析はあまり重視されないことになります。
元素や素粒子など素材そのものを分析することに力を費やした西洋とは異なり、現状さえ分かれば良いというのが東洋です。
このため基本的に、東洋占術でパーソナリティは否定されます。

かつては「魂」を占うものとして五行が使われたはずですが、時代を追うごとにこの「魂」はほとんど顧みられなくなり、五行はただ運気を出すためのツールに過ぎなくなりました。
現代の推命系の多くが「正官」や「印綬」など変通星や十二運を性格であるかのように扱っていますが、本当は性格などではなく、あくまでも現状の気がどう発現しているかを示すための値に過ぎません。

このように現代の東洋思想では個人性が否定されますから、個人に背負わされた運命などというものも存在しなくなります。
つまり現代東洋において、魂にはこの世に生まれる固有の目的や計画などないのです。
人間はただ思うがままに一生の幸福を追求していけば良いわけです。

※仏教には因果応報という思想がありますが、このインド思想と中華思想とは明確に区別したほうが良いです

個人がないからこそ、東洋の占いでは人生の「吉・凶」を自在に変えることが出来るわけです。
その代わり東洋占術において向かうべき目標地点は、どうやら一つのようです。それは「吉」とされる人生。
当然この「吉・凶」の価値基準は人間社会のものですから、決まりきったものになります。たとえば
「金持ちになるのは吉」
「貧乏は凶」
「出世するのは大吉」
「失脚するのは大凶」
等々……。

これとは逆に、西洋では個人の運命を変えることは基本的に出来ません(神または超自己から与えられた試練として受けるべきと考える。ちなみに私は、西洋占星術の運命を変えることは出来ないが先延ばしにすることは出来ると考えています)。
ただし、変えられないからこそ価値基準が一つではないのです。
つまり、
「金持ちになったからといって幸福とは限らない」
「貧乏が不幸だとは限らない」
「病が不幸だとは限らない」
……等。

何故ならそれらの人間基準で見た幸不幸の出来事は、神(あるいは超自己)が自分に与えた試練だから。その試練を受けることこそが生まれてきた意味であり、人の幸福なのだと考えます。
ついでに言えば、その試練を乗り越えて初めて幸福な来世を迎えることが出来ます。運命を変えて負債の返済を先延ばしにしては苦しいだけです。こう考えれば現世の刹那の幸福は、来世の不幸と言えるかもしれません。
このため西洋占星術では「吉・凶」の考えが存在しないわけです。人間の浅はかな考えで凶と見えること全てに意味があり、本来は吉と言えます。

私は個人的に価値観が一つではない占星術のほうが好きです。
運命を変えられる東洋占術は魅力的ですが、その前に「金儲けは吉」などといった陳腐な価値観を押し付けられることに耐えられないからです。

また個人的な考えですが、現代の東洋思想のようにパーソナリティを否定する刹那的な生き方は、個人の責任感というものも失わせ、結果として「今だけ得をすれば良い」という強欲な生き方を善しとさせます。
刹那の欲望を貪る浅ましい行動をする人々を眺めていると、この東洋思想に首を傾げざるを得ないのが本音です。

ところで東洋思想がここまでパーソナリティを否定し、ある意味で刹那的になってしまったのは、占いが商売として流行した唐代以降ではないかと考えます。
そのような商売がまだ全盛ではなかった古代の五行占いは、もう少しシンプルに、ただ個人の性質を占うものであったと私は考えています。
なにしろまだ魂という概念が(漠然とながら)存在し、個人を示す旗印として五行が使われた時代です。まだ東洋人も「自分が何者であるのか」と問い掛ける素朴さを持っていたのではないかと思います。

「自分の立ち位置を知りたい」
この素朴な占いの要求を充たすには、古代流で充分なのではないでしょうか。


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